先斗町

加茂川の西涯、三条大橋と四条大橋との間の一廓。 此の間は自動車が入らない。 電車は「西条小橋」の停留場が最も近く、四条大橋(東口)で降りても只橋一つを渡るだけのこと、但北寄りは「三条木屋町」に降りる方が近い。

誰れであつたか、先斗町は鰻の寝床のやうに長細い色街と云つだが、全たく、四条の橋の袂から北へはひると、殆んど三条の橋の袂近くまで、十町ばかりも続いた細長い一すぢ町、と云ふよりは路次に近いその両側に並んだ青楼の燈火で、路ゆく芸妓舞妓の白い顔がほんやりと浮いて見える、まさに典型的な「狭斜の巷」である。

東側にある青楼の多くは加茂川に枕んでゐるから、座敷の障子を明ければ月の光りはさしこむに任せ、川の水は静かにせゝらいで、布団着て寝たる姿の東山三十六峰は、墨絵のやうに浮かび出てゐる。

東山の風光綺席の間に落ち、雨の日によろしく、月の夕によろしく、夏の宵の水声によろしく、冬の千鳥によろし。

と、市役所編纂の名勝誌に讃美してあるくらゐ、実際東山は、山の容といひ、山までの距難と云ひ、此処らあたりから眺めるのが一番すぐれて居るやうに思はれる。

殊に夏になると川に面した家々では、川の面へ張出しの座敷をつくつて清々しい青竹の手すりなどを附ける、そこに陣取のて浴衣の袖を川風に孕ませながらビールの滴を引く快さは、夏のくる毎に私のこゝろを此に引付けないでは措かぬ。