京名物「都をどり」

春は花、いざ見にごんせ東山、京の春の歓楽は祇園の夜桜からはじまる。

『祇園さんの桜がが咲いた』と、花信一たび洛中に伝はれば最早京の人達の心は落ついては居ない、事実京都では祇園の桜が一番先きに綻びるのであるが、その花と前後して祇園名物否京名物の「都をどり」が、四月一日から始まつて一か月間つゞく。 踊の舞台「歌舞練場」の在る処は名もふさはしき花見小路で、祇園通りの曲り角(万亭の在る処)に例のつなぎ団子を白く染め抜いた紅提灯が鈴なりに点つて、四條大橋を渡れば自づから脚はその方へと吸付けられてゆく。

歌舞練場の入口は華族屋敷の玄関のやうだが、場内は舞台も客席も殆んど劇場と同じやうな構造で、平土間もあれば桟敷もある。 踊は地方が十人、囃方が十人、踊り子が三十二人、つまり五十二人を以て一組とし、総計六組で毎日交替にやるのである。

『明日はあてが出るのどすさかい、来とくれやすや。 』

『行かうかな、どうしやうかなあ。 』

『そないな頼りないこと言はんと、屹と来とくれやすな。 あての出る時誰れも来てくれはる人無いのどすがな。 』

都踊りが始まると、祇園のお茶屋では毎夜かうした会話が随所に行はれる。