特有の歌謡

「京の四季」は唯一の郷土歌謡で、作者は故香川景樹翁、三味線は本調子である。

春は花、いざ見にごんせ東山、色香あらそふ夜桜や、うかれうかれて、粋も不粋も物かたい二本ざしでも柔かう、祇園豆腐の二軒茶屋、御契ぞ夏は打ちつれて、川原でつどふ夕すゞみ。 よいよいよいよいよいやさ。

真葛ケ原にそよそよと、秋の色増す華頂山、時雨をいとふからかさに、ぬれて紅葉の長楽寺、おもひぞつもる円山に、今朝も来て見る雪見酒、ヱーヱそして櫓のさしむかひ。 よいよいよいよいよいやさあ。

三味線のみで他の楽器を用ゐず、踊は着流して、一人でも二人でもやれる。

都踊りのことは別項に記すが、元来祇園の舞踊は「井上流」で、此の廓ばかりは古来他の流派の浸入を許さぬ。 現在の老師匠井上八千代(本名片山春子)は三代目で、観世家元左近氏の祖母に当り九十余歳といふ老齢ながら、尚矍鑠として日々多くの弟子に親しく手を取つて教授し、醇々として倦まず、特に稚けない少女を仕込むことを好み又これを得意として居る点は、三十余年間祇甲組合の取締役に歌舞会長及び八坂女紅場(祇園芸妓の学校)理事長を兼ねてゐる八十五歳の辻村多助翁と共に、祇園新地の誇るべき二大名物であり、また恩人であると言はねばならぬ。

概して地唄ものゝ「鉄輪」「雪」「七ツ子」と云つたやうなものを特技とし、踊ではなく舞である。 されば地方としては現在の長唄、常磐津、清元等は接合しない、それを近年稀音派の長唄が接近せんとして、六治師匠が頻りに努力をして居る。