貸席

「お茶屋」といふ、芸妓を揚げて遊ぶ家のことで、料理は自宅で行はず仕出し屋から取る。 東京の侍合と略同じ性質のものであるが、之に本茶屋、一現茶屋、おやま屋の別がある。 「本茶屋」とは南の富田屋とか、新町の吉田屋とか潮見亭とかいふ詰り一流乃至二流程度の家で、馴染の客か或ひは紹介者ある者でなければ上げない。 蓋し、元則として勘定は現金払ひの事となつては居るが、実際は殆んど悉く節季払ひの慣習だから、さうした習慣の生んだ制度であらう。

江戸の女郎に長崎の衣裳を着せて大阪の揚屋で遊びたい。

と謳はれて、古来大阪の茶屋は遊び心地の好いと定評のあるのも、この本茶屋に限つた話で、一現茶屋ではほんとうの大阪花街気分は味はへない。

「一現茶屋」は現金制度で一見の客であらうと何であらうとドシドシ上げる。 軒燈に小さく一現と書いてあるから直ぐ判る。 が、本茶屋に出入する芸妓は事実上一現茶屋へは出入しない。

娼妓は何れの茶屋へも呼べるが、芸妓の居る酒席へは出ないで床で侍つて居るのが例である。 尚一現茶屋と称するものゝ中に娼妓専門の妓楼が若干含まれて居る故、これは一寸注意せねばならぬ、そこには居付の娼妓が在つて、名は同じく貸席でも芸妓は出入しない。

料理屋は即ち料理屋で格別説明を要せぬが、大阪の料理屋へは芸妓は出入しない、此点大いに事情が異つて居る。 即ち大阪の花街と料理屋との間には、何の有機的関係がなく、もし客が料理屋へ芸妓を呼ぶには自身馴染の貸席へ命じ、その貸席から仲居同伴でやつてくるのである。 但料理屋ヘ一任してもよいが、其場合は、料理屋は平素取引のある茶屋へ申付け、芸妓は 扱席から一且貸席へゆき、貸席から更に料理店へ来るといふ形式になってゐる。