遊興制度概要

東京では何処でも料理屋又は待合へ芸妓を招んで遊ぶのであるが一流花街の一流の待合では、一現の客を取扱はないこと京阪地方の大茶屋と同じである。二流以下の家では見ず不知ぬ客でもドシヽ上げるが、その代り時として「前勘」を当られることがある。二十円なり三十円なりの遊興費を前以て帳場へ預かられるのである、平素客だねの良くない花街では、殆んどこれを常習の如くにして居る土地さへある。女中が少しもぢヽしながら、

「あの……まことに済みませんが、土地の規則なんですから……。」

と言出したら屹度その前勘に極ってゐる、客として甚だ心持の好いことではないが、そんな場合変にいや味を並べて渋々出すよりも、「よし来た」と素直に出してやるがよい。或ひは此方から先手を打って、『初めてゞ様子が判らないから、財布をあづけておくよ、宜い様に取計ってくれ給へ』と、ポンと女中へ紙入を投げ出すのだ、『ほゝゝコチラはお堅いんですね。……否、うちでは前勘なぞ頂きませんわ』と来るに極ったものである。旅の客であれば旅館の帳場から紹介させるもよいが、料理屋ヘ二三度招んで顔馴染になった芸妓から紹介して貰ふのが、蓋し一番気の利いた方法で、これは必らず遊び心地のよい待合へ案内してくれる。

芸妓の招聘料は最初二時間を以て一座敷とし、卅分か一時間で帰っても此の規定の金額を払はなければならない。二時間後は「出直り」となるが、その計算法は花街によって相違し一様でない、近来は一時間制を採ってる花街もある。

「約束」は大抵三時間で、その間は他からの貰ひが利かない代り、時間経過後のお直しも利かないのを元則とし、且料金は普通よりも三割乃至五割位高くなってゐる。

「貰ひ」といふはAの家又は座敷に出てゐる芸妓をBの家又は座敷へ招くことで、これは全国一般の共通語であるが、「貰ひ受」—A客がBからの貰ひに応ぜず、依然その芸妓を自席に留め置くことを東京では「お直し」といふ。但し貰ひの掛ったとき、Bの家又は座敷へゆくかAに留まるべきかは全く芸妓の自由で、又「貰ひ」にしても「お直し」にしても、「増し玉」は附かない、この点は京阪地方と趣きを異にしてゐる。

「彼の家は貰ひが利かない」といふことをよく聞く。詰り他の家から貰ひがかゝつても之に応じないお茶屋(料理屋及び待合)がある、芸妓の意志を問はず勝手にお直しにしてしまふのであるが、それは斯かる特制がある訳でなく、一流のお茶屋で芸妓に対して壓力の利く家に限る。かと思ふと新橋の如くお茶屋よりも芸妓の方が勢力を有って居る土地では、規定の時間が来なくても後口がかゝると芸妓の方でズンズン貰って行ってしまう。故に遊びは矢張りいいお茶屋を選ぶべきである。

それから、東京は比較的狭い区域に沢山の花街があって、而もそれが悉く独立して居って、区域外の料理屋又は待合から招ぶときは、往復の車代は勿論「遠出」の料金を支払はなければならぬ、この点名古屋などゝは大いに制度が異ってゐる。

「仕切」叉は「詰め」(正午から夕六時まで、或は夕六時から夜十二時迄といふ風に長い時間を仕切って招ぶ制度)と称する制度は東京の花街にはない、従って東京の人が京阪地方へ行って遊ぶと非常に安く感ずると反対に、京阪地方の人が東京へ来て遊ぶと高いのに一驚を喫するであらう。その代り或る場合の交渉に至っては、東京は頗ぶる簡単で、且つ料金も甚だ安いのを特色の一つとする。

東京には「明し花」の制度なく、遊興は午後十二時を限りとしてある。