王子

省線「王子」駅、王子電車ならば王子駅前下車。

王子神社の台地は石神井川の下流「音無川」の清流を挟んで飛島山と相対し、春は花、夏は夕涼み、近くに名主の瀧あり、秋は瀧野川の紅葉と云った風に、江戸時代郊外切っての行楽地として知られたところ、料亭「扇屋」は創業三百年の歴史をほこる古い家柄で、江戸名所図会にも出て居れば広重、豊国の名筆にものぼって、紅葉寺の所在は知らなくても、王子の扇屋を知らない者は無かった程で、明治の文豪尾崎紅葉なども、しばしば此家に遊んだものだった。

しかし指定地として芸妓屋待合の公許されたのは極く新らしいことで、漸やく昭和四年の四月から、王子町大字豊島の俗称「王子新地」の狭い一廓、こゝに芸妓屋十四軒、芸妓三十五名待合が六軒。 料理屋で指定地内にあるは「新よし」位のもので、代表的料亭「扇屋」は駅前、音無川を庭の泉水のやうにしてドッシリと構え、その他音無橋畔に「見晴」、御殿下に「養老館」王子稲荷のとなりに「紅葉館」、蠶糸学校前に「達磨荘」といふ具合に散在して居り、十条駅前の「ときわ」へもこゝの芸妓がはいる。

待合で代表的な家といへば「花家」だらう。