夏の玉川景物

多摩川の秋の月は佳い、それはたゞ彼の二子橋の上から眺めたゞけでもすぐれた風景だと云へる。 久地の梅についで対岸の二子から丸子にかけて沿岸一帯が妖艶な桃の花雲に蔽はれる春の風情も、捨てがたいものには相違ないが、此地の生命は何と云つても夏である。 殊に河水に舟を泛べて鮎を狩り、涼を逐ふところにある。 水清く風冷やかに夏宵正に値ひ千金の概きがある。 鮎は多摩川の名物だ。 —然し私は多摩川の鮎を美味いとは思はない、殊に近年琵琶湖から小鮎を輸入して放流してゐる、あの鮎をうまいとはおもはない、鮎の生命である芳香に乏しい。 とは言へ、漁つた鮎をすぐ船の中で料理して食べる趣きに一種の風情がある、味ひ亦おのづから其の処に生ずる。

往きませうよね多摩の河原へ、あの月見草の、コラサ、咲く頃に。

二子橋を中心として上下の石河原には月見草が多い。 水の如く流るゝ月の光を浴びつゝ、その白く夢のやうに咲く宵待草の花を逐ふて歩るくのも、盡きぬ興であらうし、月光を踏み砕きつゝ洩瀬をかちで渡るのも、時に取つての逸興であらう。