花街名物

一反の竹藪も其の姿を消し、一本の栗の木さへ見出されなくなっても、晩春から初夏へかけての「筍めし」と秋の「栗めし」とは昔から今に変らぬ目黒の名物。 それを又わざわざ食べにゆく数奇者が今以て在るのだから、名物といふは一体さうした物、サンマ専門の料理屋のないのが寧ろ不思議な位である。 角伊勢の邸内にある「小紫権八比翼塚」といふもの、これは名物と云って好いか名所といふべきかを知らぬが、花街名物としては是以上気の利いたものは無からう。 角伊勢にはいろヽのローマンスがある、むかし一人の法師角伊勢へ来て豆腐のでんがくを注文した、急いだため少し生焼のまゝ出したところ、帰り去った後膳の下に左の如き一首の狂歌が認めてあった。

こんごりと焼そなものをせいたから、中にふどうがあるも是非なし。

後日その法師のー休和尚であったことが判って、その書は今も尚大切に保存されてゐるさうである。