花街情調

『大森海岸は鯉家の花街だ』と通人の間に定評されてゐる通り、鯉家は当花街の草分で、全盛時代には二十余軒の分家を有して勢力を張つてゐた、今日も尚はその本家には三十七八名の芸妓を抱えてる外、初鯉家、吉鯉家、〆鯉家、清鯉家、若鯉家、清吉鯉家、政金鯉家、浜永鯉家、染喜久鯉家、勝鯉家、〆初鯉家、鐘鯉家等多数の分家を有し、総数の過半を鯉家一門で占めてゐる。

それにお婆さん芸妓の多いことを亦此花街の一名物で、今年の春芸妓組合で二十年以上勤続の老妓表彰の議が起つて調査したところ、その数が余りに多く、不景気の折柄到底その経費の出所がないといふので、無期延期になつた位古参芸妓の多い士地である。

従つて、と云つては悪いが大井、海岸、大森新地とこの三花街を比較して見るに、何と言つても一番芸ごとに力を入れるのは此土地で、芸妓総数の五割以上はお泊りをしないといふのも此の土地を除いては無いことだ。 二十年一日のごとく抱えで收まつてるいゝお婆さん連、いゝ加滅に何とかならんかヤイと言ひたくなるのも此の土地である。 然しそこに又、わき土地では到底味はへない一種の花街情調がないでもない。