待合の主なるもの

銀月。 波満川。 乙女。 みどり。 樋口館。

樋口館は名儀は料理旅館だが、料理旅館も待合も実質に於て異るところはない。 新市街地の花街で待合の設備の最も整ってゐるのは、此処と大森海岸を以て白眉となし、大きな待合には各室毎に風呂場と手洗所が附いてゐるから、かくれ遊びの客が便所の帰りに友人と出会し、「やあ、なんだ、君も来てるのかい」などゝお互ひに照れる心配はない。 この設備が、今日此の土地の繁昌を招来した主なる所以で、人目をしのぶ連込みには最もお誂向である。

波満川は一名野球庵と号し外線電話の設備を有し、みどりは又俗に「下戸庵」と呼ばれ、酒は一本以上出さないので有名である、蓋し遊興費をかさばらさない為の用意に出でたものとい ふ、以て当地花街気分の一端を窺ふことが出来るであらう。

但、むかし全盛を極めた砂風呂は今日は殆んどなくなって、今日その設備を有するものは前掲みどりに樋口館、福住、小舟その他四五軒ぐらゐのものであらう。

尚料理屋としては鳥料理の「鈴きん」がある。 宴会をするに適当な料理店のないのが此花街の欠点、近く「鈴きん」が大増築をして、この欠点を補ふさうである。