主なる妓樓

曩にも屡々出た維新史上に名を逸することのできない「土蔵相模」、め組の喧嘩で名を売つた「島崎樓」を始めとして、片山樓、榎本樓、大百足樓などがあり、歩行新宿では大明、浪花、福井、片柳、金子などが兎に角屈指の家であらう。 土蔵相模は表がまへが土蔵づくりになつてゐるため其の名を得たもので家号は相模屋である。 梯子をあがると鍵の手になつた広い板敷の廊下が煤びて黒光りに光り、障子なども棧の角がとれて丸味を帯びてゐる。 その古色蒼然たるところに一種のなつかし味がある。 海を見晴らした眺望の好い室があるだらうと思つたが、それはしかし、伸び上らなければ海面の見えないやうな変な室ばかりで、すこしばかり落瞻した。