洲崎情調に就て

或る通人の曰く、『吉原が窪んだ土地でありながら心持の明るいに引換へてこの廓は海を前に控へた割に感じの暗いところで、遊んでは、兎角理に落ちたがる。 品川は宿場の気分で海の寂寥が気にならないが、洲崎は非常にそれが気になる。 要するに寂しみの勝つた遊廓で、夏の遊廓、昼遊びの出来ないところ、若し昼のさ中に大きな妓妓の大広間に陣取り、芸妓幇間に座を持たせてゐた処で、何となく古寺の本堂で無理に騒いでゐるやうな心持ばかりして来る。 洲崎の昼はしんねこに限るといふのは、全たく粹人間の定則である。 遊びとしては初心の人のもてない場処、大通を気取る人にも持てない場処、只皮肉にゆく人の気に入るやうな妓は、蓋し此処の特徴かもしれぬ」と、妓といふのは勿論芸妓のことであらう。 洲崎について深く知る所のない私にはちよつと諒解し兼るやうな点もないではないが、兎に角海に突出した廓は夏の廓だ、夏の夕、彼のコンクリートの防波堤の上に立つてゐると、腹の臓腐まで冷切るほどに涼しい。 月の影を踏むには、ヨンクリ—卜の堤防は些か趣きに乏しい憾みはあるが、馴染の妓をつれて、海風を浴衣の袂にふくらませて酒の酔を醒ましてゐる姿は、この廓にのみ見られる風情であらう。