吉原今日の吉原

📍現代の所在地目安:東京都台東区千束3〜4丁目(旧日本堤周辺)
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震災前の盛観に迄復活するには前途尚ほ若干の時日を要するらしく、大阪の飛田・名古屋の中村等に比し外観に於て遜色あるを免れぬ上に、不景気々々々の嘆声に搗て加へて公娼廃止の叫び喧しき折柄、一般世人からは吉原の前途すこぶる悲観されて居るに拘らず、土地の人達は却つて楽観してゐるのはおもしろい。

現在貸座敷 二百九十五軒。

同娼妓 二千四百六十九人。 (昭和四年三月調)

引手茶屋 四十三軒。

芸妓 大小百五十五人。  幇間二十七人。

数に於ても、内容に於ても、依然本廓としての代表権を把握してゐるところは流石に吉原である。

所謂大まがきといふは角海老、稲本、大文字、不二樓の四軒で、これが先づ吉原の代表的貸座敷。

しかし何れもまだ本建築でなく、何となく一種の寂し味を感せしめる、例へば以前堂々たる洋館で異彩を放つてゐた大文字樓が、写真で御覧の通りのつゝましやかな平家建、だが格子の 前に積桶などしたあたりは却つてむかしの吉原風景をしのばしめるものがある。

元来が貸座敷に西洋建築などは余計なことなのである。

「中店といふ名称は今は無くなつたが、此の四軒に次ぐ樓は河内樓、宝来樓、彦多樓、成八幡、君津樓、辰稲弁、三河樓などいふところであらう。

引手茶屋では例の山口巴、青柳をはじめ大忠、竹治、若水、丸小尾張、細見蔦屋など名の聞こえた家で、且ついづれも二三百年引つゞいてゐる旧家である。