花街ロマンス

今狭斜町のある処は、往時美渡高須の藩主松平摂津守の上屋敷のあった処でがるが故に俗称「津の守」とは、誰でも知ってることだが、二十年前まではあの窪地に大きな池があってその西涯に瀑が懸り、それを津の守の瀧と称へて、夏季遊びに来る者が多かったとは夢のやうな話。 その瀧があった頃のこと、何でも明治三十三四年頃といふ、小よしといふ芸妓が陸軍の某中尉と心中をした。 それから一時大瀧の附近に小よしの幽霊が出るといふ評判が高かった。 それを当込んで尾上松鶴が、当時その附近に在った末広座へ四谷怪談を出して大当りを占めた。 と其処までは甚だ宜かったが、お岩の祟りか、その興行中に末広座は自火を出して焼失し、ために一層小よしの幽霊の噂が高くなったといふ様な話、今は恐らく誰れも知って居る者は無からう。