四軒の名物料亭

芸妓がはいらず従つて花街とは直接の交渉はないけれども、こゝには「赤坂名物」と言つてよい四軒の変つた料理屋がある。 その第一は山王下の電車通に面した「幸楽」である。 日比谷の交叉点附近に陣取つて御手軽な牛肉のスキ焼で人気を博し、叉シコタマ金をもためたと噂された幸楽が、中上川彦次郎氏の旧邸を買受けて移転したもので、大邸宅で営業する端を開いたもの、専門は牛肉だが日本料理と支那料理を兼業し、数十人の美人女中を置いて、宴会は一人前一円五十銭からといふ勉強ぶりに、大小数十の客室も連夜殆んど満員の盛況、不景気風はどこを吹くかと言つた繁昌ぶりを示してゐる。

その隣りが朝鮮料理の「明月館」で、これ亦東京に於ける殆んど唯一の朝鮮料理である上に妓生風なる朝鮮女のサーヴイスが、珍らしもの好きの客をよんで相当繁昌して居る。

その叉隣りが、或は一軒置いて隣りかが京都料理の「瓢亭」。 京都料理も今日はあまり東京でも珍らしがられず、まして南禅寺ほどの粋と幽邃に欠けてゐるが、例年七月十五日から九月十五日迄の間を限つて出す朝粥は、たしかに純京都風の珍味と賞讃するに足る。

さて残るひとつは、田町五丁目なるしつぽく料理「ながさき」で、永見徳太郎の説に依ると築地の長崎料理よりもこの家の方が純粋の長崎料理ださうである。 これに金澤料理の「梅月」が引つゞき営業して居れば、諸国の名物料理赤坂にあつまると見出しを附けたいところである。