溜池情調

溜池の水に紅燈のかげを写した頃のなまめかしい情景はすでに二昔前の遠つ世となつて、山王の森に冴えわたる月影も、電車と自動車が競争で引きりなしに走つてる現代に於てはとんと風流なものでない、電車路の大通りはアズハルトになつても元来が埋立地で地層が脆弱と来て居るから、夜更けて自動車が通る毎にゆらヽと揺れる安普請の二階はまるで地震のやう。 漸やくうつらうつらしたかと思ふと、午前六時一ッ木台の兵営から吹きおろす起床喇叭、あいつがまた決して風流な音色のものでない。 要するに此地は環境がわるい、新橋に於ける築地、芳町に於ける浜町といへる如き、兎にも角にも多少でも静かな気分になれる出場所を有つて居らぬ点が気の毒である。 しかし明治の中興以来、官吏、政治家、実業家などの而も筋の良い所を常客として発達して来た花街だけに、妓品は一体に上品で、どことなく高尚な趣きがある。 尤も下町趣味から言へば「野暮くさい」の一語で葬られてしまふであらうけれども、赤坂の特色は矢張りそこにある、且つ座敷をよく勤めることはこゝの芸妓の一般気風であり、美点でもある。