主なる料亭・待会

料理屋では矢の倉の福井楼、生稲、浜町一の浪華家、浜町三の野波、薬研堀の大叉。 待合では浜町一の御半、藤家、富久家、浜町二の喜代川、浜町三の喜文、稲葉、久松町の富田屋などを挙げやう。 その他浜町一の浜村、浜町二の一三五家、登代田、久松町の山登、中洲では富久井筒、元富久井、中村、松本など何れも好い待合と云はれてゐる。

「喜文」は料亭岡田のあとで、三十人位までは宴会もできるし、福内に茶席があり、叉田舎家風につヽつた離座敷などあつて一寸郊外へでも出たやうな静かな気分を起させるところ、代表的でそして毛色の変つた待合といふべきである。

矢の倉の「福井楼」は三百畳の大広間を誇る会席料理屋で、東京にも是れ以上の日本式大広間は無い。 「野波」は福井楼の妹が経営して居る家で、こゝもなかヽ座敷は佳い。 電車通りの「生稲」も古くから聞こえた料亭で、大川の夜景を一と眼に見渡した眺望が生命であらう。 その街路下に「たから亭」といふ船料理がある。 どういふ訳か東京には船料理が流行らないが、彼の趣味が東京の人にわからないのは遺憾である。 芸妓は入らないが「花長」の座敷天ぷらは、東京名物のひとつに数へていゝ。