名物「東をどり」

毎年四月新橋芸妓に依って行はれる「東をどり」は、今や東京の花街唯一の名物行事となって、正に京都の都をどり、大阪のあしべ踊と匹敵すべきもの。 東会なるものは長唄・清元・常盤津は勿論舞踊、鳴物に至るまで各派の芸にすぐれた土地一流の芸妓を以て組織せられ、すでに震災前から毎年歌舞伎、帝劇等の大劇場を借りて公演し、「芸の新橋」の気を吐いて居ったが、彼の大震災の直後にも『復興は先づ芸より』と唱へて、其の年の十二月早くも災後第一回の復活公演を行ひ、且つ純益金を挙げて罹災に寄附するなど、大いに新橋芸妓の気前を見せてゐたが、遂に百余万円を投じて専属の演舞場を新築し、大正十四年以後は此の演舞場で開演することになつた。 これは確かに新橋花街の大きな誇りである。