遊興制度

震災の直後、従来の如き七面倒な玉祝儀制度はもう時代後れだ、今後は宜しく時間制度に拠るべきであると主張したのは、他の何処でもない此の新橋であったのだが、すでに市内十二三筒所の花街でその時間制度が採用されてゐる今日、言ひだしべいの新橋が旧態依然として『時代おくれ』の玉祝儀制を採ってゐるのだから可笑しい。

芸妓代は別表の通りで、招聘代の高い点でも新橋が日木一である。

特別祝儀の利くのは無諭三流以下の妓で、昔はずいぶん安直なのも居たが、今日は他土地に較べて非常に高く、薄利多売主義の一般的傾向とは全然反対に出てゐるのも、いかにも新橋らしい行き方である。

之に反して待合の席料は莫迦に安い土地で、一二流の家で三十人位の宴会をするとして、席料二十円、女中の祝儀十円位のものであらう。 加之此土地では祝儀や箱丁料に就ては割戻しがなく、手数料の取れるのは玉代のみであるから、食物を取らないで酒ばかり飮んでる客は、待合では甚だ儲からない。 近年待合で「お膳座敷」といふものが行はれる、仕出し屋から一品二品と随時好みに応じて料理を取るのでなく、予め客の註文に依って、八百善或ひは錦水などいふ有名な料理店を出張せしめて、料理をさせる方法で、諸器物に至るまで一切を其料理店から運んでくる。 現在新橋には此の「お膳座敷」をする待合が二三十軒はあらう(此方法は他の花街にも漸次流行し始めて目下全市を通じて五十軒位ある)。