四谷区

四谷荒木町

市電新宿線の「伝馬町二丁目」又は「塩町」停留場下車、いづれよりするも距離は三、四丁、丁度その両停留場の中はどから北へ折れて入ってゆく。

別称を「津の守」といふ。 四谷区荒木町二十七番地とそれに隣接せる十五、六、七、八番地及び二十六番地の各一部を限った区城で、そこに八十軒の芸妓屋と六十軒の待合がゴタヽと目白押しに軒を並べた文字通の狭斜街。 芸妓は大小併せて二百三、四十名、五十二人何処にそんなに沢山の妓が住んで居るだらうと不審に思はれる位の処である。

料理店で有名なのは伊勢虎、次で尾張町の角の魚金、あとは末広に岡田といふところだが兎に角はこの入る料理店の数は十二三軒ある。

待合の主なるものはいさみ、浜の家、常盤、花月、福住等。

四谷大木戸

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大木戸といふは町名ではなく、そこは甲州街道に当つて居つた為め塩町三丁目と内藤新宿との間に木戸を設け、番屋を置いて、駄荷の切手などを検査して居つたところから起つた名で、木戸は寛政四年すでに廃されてしまつたのだが、名称のみは依然今日に伝へられて居るのである。 明治初年まで此の処南は森林、北は谷でなかヽ景勝の地であつたといふ。

こゝに花街のできたのは大正十一年、旧市街内では一番新らしい花街であるが、そこへ丁度彼の大震災で下町の花街が一時全滅の姿に陥つた機に乗じて俄然膨脹したもので、世の中は何が幸ひになるかわかつたものでない。

現在芸妓屋三○軒。 芸妓九〇名。 待合三六軒。

料理店三軒(自慢本店、同支店、みやこ鳥)

芸妓代は別表の通り。 別祝儀は五円から七八円ださうで、『時間すぎならば家に依つて一切を引括め十円あればいゝんだ』と、或る男、安いつもりで話したのだらうが、五十円でも安いと思ふことあり十円でも高いと思ふことあり、此地の十円は余り安いといふ感じは与へられない。

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新宿